CSSが無効なため正常に表示されません。CSSを有効にしてください。

HARMAN Owners' Clubハーマンオーナーズクラブ

いい音、ラグジュライフ

好きな音楽をより良い音で聴くことで、日常がラグジュアリーに。
そんな『ラグジュライフ』のヒントや、音楽にこだわりをもった方々、音のプロの声をお届けします。

いい音で曲を聴くのはアーティストへのリスペクト
それまで気づかなかった音に出会う喜びがある長﨑 良太 さん

学生時代から大の洋楽好きだった長﨑良太さん。アルバイトとして音楽業界を選んだのは必然でした。レコード会社やJAZZの殿堂「ブルーノート大阪」などで経験を積みながら、音楽に携わる仕事をしたいという意思が明確になっていったそうです。
音楽業界に正社員として本格的に携わるようになったのは、昨日、惜しまれながらその歴史を閉じた「ブルーノート名古屋」の立ち上げスタッフとして。その時期を「名古屋での修行期間」と語る長﨑さんは、もともと、10年で転職を考えていたとのこと。

転職時には、レーベルや制作会社、放送局などからも誘われますが、選んだのは、日本のみならず、世界でもトップクラスのアーティストが出演する「ビルボードライブ東京」。入社から7年、現在は、アーティストのブッキングなど企画制作全般を統括しています。
国内外の様々なアーティストに明るく、誰よりも音楽が持つ力を信じている長﨑さん。コロナ禍の今こそ、音楽、そしてエンタテインメントの重要性を痛感しているといいます。そんな長﨑さんの人生と音楽の関係を振り返りながら、今だからこそ感じるラグジュライフなお話しを伺いました。

祖父母の影響でアメリカナイズされた少年時代。
小学生にしてビリー・ジョエルのライブに参戦

音楽好きになったのは、確実に母親の影響。もっと遡れば、祖父母の影響だと思います。仕事の関係で英語が堪能であった祖父母の家は、アメリカナイズされていましたね。遊びに行くとJAZZやクラシックが流れていて、おやつにはクッキーとココア。日曜日には礼拝に行き、僕も日曜学校に通っていました。
そんな祖父母に育てられた親だから、母親も自然と洋楽が好きになったみたいです。ビートルズの追っかけをしていたそうですよ。僕が子どもの頃、家で流れていたのは洋楽ばかり、邦楽を聴いた記憶はありません。

当然、僕も洋楽好きになるのですが、ハマったのは、アメリカンポップス。なかでも、マイケル・ジャクソンとビリー・ジョエルは、よく聴きました。実は僕、小学生ながら、親と一緒に大阪城ホールでビリー・ジョエルのコンサートを見ているんです。そこからは、さらに洋楽好きが加速しました。印象に残っているのは、「ソニーミュージックTV」という、洋楽のプロモーションビデオを流す深夜番組。夜更かしして見ていましたね。そこから、徐々にブラックミュージックに傾倒。プリンスに目覚めたのはこの頃です。

聴き方はマニアックでした。タイトルや歌詞はもちろん、プロデューサーやサポートメンバーまでライナーノーツを読み込んで、自分のノートにメモしていました。全部調べると、自分が好きな曲は、同じギタリストやドラマーだったりすることが多い。そうなると、「そのギタリストやドラマーが携わっている曲はいいはず」という選び方ができるようになって、さらに音楽の幅が広がりました。今ではできない、本当にストイックな聴き方ですよ。

人生の岐路で聴いた「心のハイウェイ」。キャリアはアルバイトからスタート

音楽好きが高じて、学生時代は音楽業界でのバイト漬け。レコード会社やFM局など、色々な業種でお世話になりました。コンサート会場の列整備やサイン会の手伝いをしたり、FM局でリクエストの電話を受けたり。今までは音楽を愉しむ立場だったけど、届ける仕事があるんだということを知って、将来、やりたい仕事にしたいと明確に考えるようになりました。

最も興味を持ったのは、洋楽のコンサートビジネス。就職活動はせず、「ブルーノート大阪」のアルバイトからはじめました。その後、名古屋の地元企業が「ブルーノート名古屋」を立ち上げりことになり、ノウハウを持っているということで、正社員として参加することになります。2002年のことですね。

元々、10年間、名古屋で勉強しようとおもっていたので、11年間お世話になったところで転職。2013年から「ビルボードライブ東京」で働いています。「ビルボードライブ東京」を運営している阪神コンテンツリンクは、以前は「ブルーノート大阪」も運営していたので、ある意味、古巣に戻ったといったところです。転職時には、ほかの企業にもお声掛けを頂いたのですが、阪急阪神ホールディングスという、経営の安定性にも惹かれました(笑)。

この転職のときにも聴いた、人生の一曲、というとオーバーですが、自分のなかで特別な曲があります。1960〜80年代前半に活躍したアメリカのソウル・バンド、アイズレー・ブラザーズの「心のハイウェイ(The highway of my life)」です。紆余曲折な人生を高速道路に例えた名バラードで、歌詞も曲調もめちゃくちゃいい曲。就職や転職といった、人生の転機では必ず聴いていました。のちに彼らをブッキングして日本に招くのですが、あまりに好きすぎて、このエピソードは伝えられませんでしたね(笑)。

いい音で聴くのはアーティストへの礼儀やリスペクト。
J-POPにも新しい発見がある

小・中学生の頃は、ラジカセやウォークマンで音楽を聴いていました。子どもながらに音にはこだわって、イヤホンを別売りのヘッドフォンに変えていましたね。高校生になってからは、バイト代を貯めて自分でアンプとスピーカーを購入。アンプはDENON、スピーカーはJBLの「Northridgeシリーズ」でした。

初めて聴いた感想は今でも覚えています。一言で表現するなら、ピュア。それまで聴いていたラジカセは、ある意味、メーカーが聴いて欲しい音を前面に押し出していたと気づきました。一方、JBLは、アーティストが作った音そのものが再生されている。それまで聴いていた曲を聞き返すと、こんな音も使われていたのか、という新しい発見ができて面白かったですね。

J-POPもいい音で聴くと、色々と気づかされることがありました。米米CLUBや山下達郎は、ラジカセでは聞こえない音が聞こえましたね。そういった意味では、いい音を奏でるスピーカーで曲を聴くのは、ある意味、音にこだわって曲を作っているアーティストへの礼儀やリスペクトといった感じかもしれません。

アーティストへの礼儀やリスペクトは、ライブでも同じ。“いい音”にはこだわっています。ただ、「個人的に足を運んだライブ会場でいい音を愉しむ」というよりも、音に携わるプロとして「ビルボードライブ東京」でライブを見るお客様に満足頂くためのこだわりですね。家では絶対に聴けない音で、感動してもらいます。スピーカーにこだわるのはもちろんですが、どこで聴いても均一の音質になるような空間構成も自慢。演奏するアーティストからの評価も高いですよ。

スピーカーはJBLの「VTX V Series」。うちは箱としては決して大きくありませんが、使っているスピーカーはアリーナクラスでも十分に通用するハイスペック。小型車にすごいエンジンを積んでいるようなもので、贅沢な使い方をしていると思います。このスピーカーに変えてから、音を褒められることも増えたし、自分たちもアーティストに対して、「音質は大丈夫かな?」と不安感を持つことがなくなりました。

その人しか出せない音から、その人の生き様が見えてくる

音楽を仕事にしたことで、学生時代のようにストイックに聴くことは少なくなりました。流し聴きをしたり、冒頭だけ聴いたり。とにかく、量をこなしています。ただ、そのアーティストがどういった音を出しているかは、しっかりと聴き極めなくてはいけないので、いい音で聴くことは必須です。

いい音で聴くかどうかは、自分でコントロールできる。僕がそうだったように、少し良いスピーカーやアンプを揃えればいいのだから。もちろん、こだわり出したらキリがありません。だから、本来、どこまでいけばいい音かと定義するのは難しいと思います。大事なのは、「少しでもいい音で曲を聴きたい」という明確な自分の意志があること。それが自分の音楽との向き合い方であり、豊かな人生へとつながるものではないでしょうか。

音楽の役割は、とどのつまりは人生を豊かにすることだと思います。それは、良い本を読むことに似ている。本は作家そのもの。本を読むと、その作家の行動や考えを追体験できますよね。そこに感動や学びがある。

例えば、ビルボードライブ東京でライブをしたギタリスト。言い方は悪いのですが、パッと見るとただのおじさんです。でも、彼がギターを弾いた瞬間、人となり、もっと大袈裟に言えば、その人の人生が見える。人生そのものが、音に乗っかっている。だからこそ、その人にしか出せない音であり、それに感動するし、励まされたりするのです。

「ビルボードライブ東京」の役割は、そんな音楽を届けること。
極論、ライブは時間がくれば終わるわけで、形あるものはなにも残らない。残るのは記憶と余韻だけです。ただし、それは、一生残るものだし、確実に人の気持ちを豊かにさせる。
そんな体験を一人でも多くの方にしていただくために、いい音、良い音楽にこだわって提供し続けていくことが、音楽に携わる仕事をしている者としての喜びですし、僕自身が豊かになれる源泉なんだと思います。